CATEGORY
人気のスニーカーブランド「CONVERSE」のルーツをたどる
2020.11.20
アメカジファッションの代名詞ともなっているスニーカーブランドこそ、誰もが知っている『コンバース』です。街中で見かけない日は無いほど多くの人に愛されています。日本でも馴染み深いのは、シンプルで派手さのないデザインが特徴の「オールスター(ALL STAR)」ではないでしょうか。
今では、ファッションアイコンとして確固たる地位を築いているスニーカーブランドのコンバースですが、以前はファッションアイテムとしてではなく、スポーツ選手が愛用するスポーツシューズとして名を馳せていました。人気のスニーカーブランドではありますが、そのブランドの歴史を知る若者(古着好きは除いて)は少なく、スニーカーとしての特性を知る人も少ないのではないでしょうか。
今回は、そんなコンバースのルーツを辿ってみたいと思います。
コンバースの誕生
コンバースの誕生は1908年にまで遡ります。皆さんもご存知の通り、米国を代表するブランドの1つで、創設者のマーキス・M・コンバース(Marquis M Converse)が降雪量が多く、深い森や湿地帯の続くマサチューセッツ州の地域性に着目してラバーシューズを作ったのが始まりと言われています。当時、布製のシューズしかなかった時代に、雪や雨の中で作業できるラバーシューズとして製造され、その品質の良さから瞬く間に人気のシューズとなりました。
しかしながら、このラバーシューズは冬季に売り上げが集中していたため、「通年で販売できる製品を展開したい」という理由から、冬場に室内でできるスポーツとして考案されていた”バスケット”用のシューズとして「オールスター」の開発に乗り出しました。形状や素材は現代のものと変わりはなく、キャンバス素材をベースに構成されています。今では一般的ですが、特に足首を保護するハイカットのデザインは当時は斬新で、プロの使用に耐えうる本格的なバスケットボールシューズへと成長を遂げました。
人気のモデル「オールスター」の登場
「オールスター」というモデルが人気になったことにはキッカケがありました。当時、大学リーグのスタープレーヤーとして注目を集めていたチャールズ・H・テイラー。彼が、晴れてプロバスケットボールリーグ入団を果たすと、コンバース社のオールスターに一目惚れ。その品質に惚れ込んだチャールズ・H・テイラーは、現役時代を通じてオールスターを愛用しました。彼は引退後も全米中のハイスクールやカレッジのバスケットチームを尋ねてクリニックを開催しながら、多くのバスケットボールプレイヤーにキャンバス オールスターを広めました。ブランドのアドバイザーとして、シューズの改良についてさまざまな助言を与えたとも言われております。
その後、彼の偉大な功績を称えて1946年から彼の名がアンクルパッチ(くるぶしを保護するための円形のパッチ)に記されるようになりました。
余談ではありますが、「オールスター」と「チャックテイラー」が別の製品を指していると勘違いされてしまうこともよくあります。実際は「オールスター = チャックテイラー」のことで、どちらも指している製品は同じです。ただし、一部スニーカーフリークたちの間では、1976年にヒールパッチが「ALL☆STAR」に統一される以前、「Chuck Tailor」という文字がプリントされていた頃のモデルを「チャックテイラー」と呼称して区別することもあるようです。つまり、70年代の希少なヴィンテージモデルをチャックテイラーと呼んでいるのです。
名盤「ジャックパーセル」の誕生
オールスターと同様に人気の名盤と言われているのが、『ジャックパーセル』です。元来、バドミントンシューズとして誕生したスニーカーであり、伝説のバドミントンプレイヤー “ジョン・エドワード・ジャック・パーセル”が開発に携わったことから、その名がつけられました。バトミントンはもちろん、テニスやスカッシュといったスポーツのプロの間で人気を博しました。さらに、そのシンプルでクリーンなデザインは、当時、テニスを楽しむ上流階級の人々やハリウッドスター達の心をも魅了し、ステータスシンボルとなりました。
基本的に白いステッチで縫われているオールスターと比較すると、ジャックパーセルは生地と同色で縫われていることが多く、ステッチが目立たずシンプルでクールなデザインが特徴です。ファッションアイコンとして人気であり、グランジファッションの第一人者である”カート・コバーン”も愛用し、現代のファッションアイコンとして確固たる地位を築きました。
“日本製” vs “made in USA”
コンバースの製品について掘り下げていくうちに必ずぶつかるのが、「日本製」と「アメリカ製」というところです。現在、日本国内で流通しているコンバース製品は、伊藤忠商事株式会社の資本参加によって2003年に設立されたコンバース・ジャパン社の製品なのです。一方、コンバース・ジャパン社とは別で、NIKEによって買収されたアメリカのコンバース社の展開する製品も存在します。
コンバースジャパン社とアメリカのコンバース社は全くの別会社であり、アメリカ製の製品が国内で流通すればコンバース・ジャパン社が損害を受けるとの理由から、訴訟の末に海外製コンバースの輸入は全面禁止となっています。そのため、アメリカ製のコンバースを入手するには個人的に海外でお買い物をする以外に購入する方法がありません。
ちなみにデザインやディテール、履き心地などが日本製とアメリカ製では微妙に異なるため、スニーカーフリークの中にはわざわざアメリカから個人輸入するという人も多いそう。
遡ること約100年前に誕生したブランドのシューズが、多くの人に愛用され続けて来たことを考えると、その魅力を感じずにはいられません。細かなディテールのマイナーチェンジを重ねてはいるものの、基本的なデザインや構造は1917年当初とほとんど変わりません。これから先の100年先もずっと、アメカジの定番として君臨するであろうコンバースの名作たちと共に、私たちのファッションが歩みを進めていくのではないでしょうか。