「お客様と販売員」現代にみる関係性とは

2020.02.28

いつの時代も、時の流れに合わせて世の中は変化し続けるというのは誰もが周知の事実だろう。誰もが「時代は変わるからねぇ」と悠長に口にするが、実際に自分自身をその変化に対応させている人は、ほとんどいないのではないだろうか。

 

「時代」という時の流れと歴史の積み重ねに比べれば”人間の人生など短いもの”。だからこそ、口にしながらも行動に移すことのできる人は稀なような気がする。

 

その変化について行けなくなったり、変化に対応できなくなった時に、時代の潮流に身を委ねることができなくなり、時代錯誤が生じる。つまりは、これを若者言葉に置き換えるとするなら、時代とのギャップが生じるということなのではないだろうか。

 

「おもてなし」の多様化

「最高のおもてなしこそ、販売員としてのあるべき仕事だ」

一昔前なら、そんなフレーズを顧客は求めただろう。しかし、今となれば、一方通行とも思えるこの言葉を単純になぞるだけでは”時代錯誤”となってしまうだろう。これは、買い物を楽しむ顧客や販売員として働く人をそれぞれを否定的に表現したわけでもなく、両者の存在を際立たせるつもりも全くない。

 

私がそう思うのは、単に「最高のおもてなしこそ、販売員としてのあるべき仕事だ」というのが間違っているということではなく、”最高おもてなし”の『質』が今と昔では違っているということだ。

 

社会人になって初めて受講した「社会人としての研修」で講師が印象的な言葉を放ったのを鮮明に覚えている。”仕事は100%の結果ではなく120%の結果を出してこそ感動が生まれる”という言葉だ。当時の若かれし私にとっては、この言葉の本当の意味を理解できてはいなかった。100%を超える結果というものの存在に気づくはずもなかった。仕事の”質”に焦点を当てるはずも、また無かった。

 

パーソナライズ化された社会

そもそも、日本に住んでいる人の大半は、生まれも育ちも日本で日本語を母国語にし、自分自身を「日本人」だと思っている日本人です。だからこそ、人種が多様化するアメリカやヨーロッパ諸国以上に、日本にいるのは「日本人」という強い自意識がある。そのため、「みんな黒髪であること」や「みんな日本語を母国語としていること」に、まったく違和感を持っていなかった。

 

つまり、日本に対する帰属意識が強かったのだ。

それは社会においても色濃く反映されており、一昔前には「終身雇用」という言葉がある通り、会社に所属するとその会社に一生を捧げるというのが普通と思われていた。(このこと自体が、良いとか悪いということではなく、事実として存在しているたということだ。)

 

現代においては、交通網や移動手段の進歩、情報化社会の浸透により、世界との交信と流通が簡単になったことにより、より人は一人の人としてパーソナライズ化されたライフスタイルのを求めるようになった。

人”それぞれ”のライフスタイル、趣味嗜好、感性は多様化され細分化されているのが現代だ。

 

要するに、一昔前まで固定概念的に「これはこう」や「こうなら、こうあるべきだ」的な一括りにまとめるという事が、現代においては難しくなっているということだ。

 

時代の変化と求められるもの

“おもてなし”という言葉を聞くと、顧客に対して販売員からの一方的な”施し”に近しいものを想像する人も多いだろう。しかし、現代における前述の多様化され細分化された社会での”おもてなし”は単なる一方的な施しでは不十分なのではないだろうか。

 

パーソナライズ化されたニーズに応えるには、人それぞれに合わせたサービスが求められる。それは、”おもてなし”の方法も人それぞれに合わせなくてはいけないということだ。

 

『最高のおもてなしこそ、販売員としてのあるべき仕事だ』

この言葉を現代風に解説するのであれば、TPOをわきまえるのは前提として、人それぞれのニーズに応じること、それぞれの感性を許容していくこと。それこそが販売員の新しい働き方なのではないだろうか。

 

帰属意識が強く、ニーズが多様化されていない時代に求められた固定概念化された「丁寧さ」や「接客」、「サービス」などの接客スタイルこそが時代錯誤なのではないだろうか。

 

どんなに言葉遣いが上手でなくても、どんなに接客スキルが高くなくても、『お客様を第一に考え、そのお客様に寄り添う。』そんな販売員こそが、これからの時代の販売員の姿なのではないだろうか。

この記事が気に入ったら
いいね ! しよう

RELATED JOURNAL

関連記事一覧

ARCHIVES